印刷そしてプリント

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昨日になってしまったが、月島にある印刷屋さん「プリントアーツ」へ、今月末より大阪で開催される阪急展のDMの刷り出し立ち会いに行ってきた。その代表の加藤さんは一風変わった職人気質のおじさんなのだが、初めて会った時から不思議と気が合っている? そして気が付けば、そんな加藤さんとのやりとりもかなり長いお付き合い。例の「湿板写真ドキュメント本」も、その写真を見た加藤さんが「この印刷俺にやらしてくれ!」というところから始まったもの。あの本を見ていただいた方はご理解いただけると思うけれど、その印刷は一色刷とは思えない程の仕上がり。そしてあのロバート・フランク氏も絶賛した一連の銀板印刷も、加藤さんの秘策より生まれたもの。そんなわけで、常日頃より「プリントが写真」と思っているぼくにとっては、プリンターの久保さん同様に大切な人。彼は本当にユニークな人で、最初はまず人の話を聞かない。(笑)それでいて、深夜製版をやっている最中に電話してきて「菅原さん、これいい写真だねぇ〜!ジャー」と一方的に電話を切るような人。(笑)そんな加藤さんは、毎年年末になると食事に誘っていただき「俺たち、職人同士だから気が合うんだよなぁ〜」と、毎年のように繰り返す。(笑)ところが今回、そんな加藤さんがぼくの意図していることがわからなくなってしまったようで、「ちょっと見に来て」とのことで、前から見たいと思っていた刷りだし立ち会いに、久保さんもお誘いして行ってきたというわけである。(久保さんも早速自身のblogで紹介している。)
加藤さんのところにある印刷機はご覧のように一台のみ。しかしこの一台が実はちょっとしたもの。印刷機としてはもっともポピュラーなドイツの「HEIDELBERG」。その重厚でいて精巧な作りはまさに車で言えばベンツのようなドイツ製そのもの。現在、印刷業界の主流は4色オフセット印刷で、そのほとんどはインクさえも自動的に排出されるデジタル制御されたもの。しかしこのハイデルベルグ製の印刷機は、おそらくこのモデルとしては日本で唯一の2色機。その最大の利点はインクが通常のものよりも盛れるということ。しかも彼らは、その機械を使って明らかに他社よりも黒いインクを使用している。その結果、印刷物の表情は独特のマチエールを持ち合わすことが可能となる。それは特にモノクロの純黒調の写真場合には、もちろん使用する紙にもよるものの、ぼくが好んで使ってもらう「ヴァン・ヌーボー」あたりになると絶品である。しかし今回の印刷原稿は温黒調のモノクロ写真である。以前、同じ写真を4色印刷でポストカードを作ったことがあるけれど、悪くはないがモノクロなのにもかかわらず、不思議といろんな色を感じてしまい、何よりも美しいながらもその写真が持っている空気はそこからは消えていた。だからといって、ぼくは印刷が写真に忠実である必要は無いと思っている。印刷は印刷だし、写真は写真なのだからお互いにいいところがあるに決まっている。よってぼくにとっていい写真印刷とは、その写真原稿が持っている雰囲気を伝えることが出来る印刷を、いい印刷と呼んでいる。今回の写真は、数年前にアフリカのサバンナで撮影したもの。季節は雨期。ぼくは草が鬱そうと生い茂る中で子供のキリンが雨宿りをしている瞬間に出会った。その目の前に突然現れたその光景は、遠くは雨に煙り、そこにいるキリンと共にそこに存在する全てのものが確実にひとつの世界と存在していた。そのことが何となく嬉しくてとても幸せな気分で撮影したその写真には、その気配のようなものが完全ではないにしても写っていた。そしてぼくはその光景がとても暖かいものと感じたので、プリントの際に温黒調の印画紙を選択した。
驚くことにそんなことが、加藤さんには不思議と知らない間に伝わっている。ただ今回は、そのちょっとした色味を掴むことが難しかったとのこと。しかし結果は、おそらくこの写真でこれ以上の印刷はないという程の仕上がり。これは久保さんも書いているけれど、実は日頃のコミュニケーションの賜物とも言える。そして、それは改めてダブルトーンの可能性を感じた瞬間でもあった。昨今では、デジタルの台頭と共に、写真プリントの世界ではインクジェットプリントが、目を見張る勢いで向上している。その実際の粒状性及びに精巧さは、既に印刷のそれを大いに凌駕している。しかしどうやら問題はスペックだけではないようだ。実際にルーペで見るとしっかりとボツボツとした網点が見える印刷の方が、まだまだ相当な倍率のものでない限りピグメントを認識することが出来ないインクジェットプリントに比べても、その奥行きも気配も感じることが出来る。まだまだその職人技は捨てたものではない。ぼくは現在、まさに写真映像の世界は、いろんな意味でひとつの過渡期だと思っている。残念なことに次から次へと銀塩製品がこの世から消えていく。しかしそんな時だからこそ、全てのプリントのいいところをお互いが吸収し合ってこそ、本当の意味で新しくていいプリントが生まれるのではないだろうか。そしてそれは必ず実現するとの思いを新たにした一日でもあった。

December 2017

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