先週お話した、現在青山ブックセンター本店にて催されている
「100人がこの夏おすすめする一冊」にて、ぼくが選ばしてもらった本が、
今回ご紹介する「長田弘全詩集」です。
長田弘さんという詩人のことは、
実はお名前だけは以前から知ってはいたのですが、
しっかりと認識したのは、あの東日本大震災の時でした。
長田弘さんは、福島出身の詩人ということで、
ある媒体で、震災についてのコメントを寄せられていたのですが、
そこには、このような言葉がありました。
「今回の震災で、一番の苦しみは、
このかけがえのない日常が失われてしまったこと。」
ぼくの中では、この言葉がとても心に残っていました。
なぜならば、ぼくにとっての写真行為というのも、
毎日続けている「今日の空」もそのひとつですが、
すべては、この日常の中から生まれているものに眼差しを向け、
その結果として成立しているものだと思っているからかもしれません。
そして数ヶ月前に、偶然長田弘さんの
「グレン・グールドの9分32秒」という詩を知りました。
グレン・グールドは、ぼくが最も大好きなピアニスト。
詩の内容は、そのグールドが自らピアノ曲として編曲した
「ニュルンベルグのマイスタージンガー」の前奏曲について。
もっと簡単に言うと、その一枚のレコードと、
作者長田弘さんとのちょっとしたかかわりのお話し。
しかしぼくは、その詩を初めて読んだとき、
そのアナログレコードを奏でているであろう部屋の状況や、
針を落とす瞬間であるとか、
そこにある光の有り様さえも、
もちろん勝手な想像ではあるのですが、
ひとつの"ある日常の光景"として、目に浮かんで来ました。
長田弘さんは、残念ながら今年5月にこの世を去りました。
驚くことに、亡くなる前日のインタビューで、こんな話をされています。
"patriot"というと、通常は"愛国"のように訳されます。
そして"patriotism"となると、当然"愛国心"となります。
しかし、長田さんは"patriot"とは、本来"生活様式"のことを指し、
ですので、自身にとっての"patriotism"とは、"日常愛"のことであり、
自身のすべての詩は、そこから生まれている。とのことでした。
そんないろいろに導かれて、今回ご紹介する「長田弘全詩集」という、
詩人・長田弘さんのまさに全ての詩が、
そして全人生がつまっている大きな詩集を手に入れました。
こんな立派な詩集を手にしたのも久しぶりだったので、
うれしくなって、旅の途中に一気に読み進めたのですが、
すると、「グレン・グールドの9分32秒」だけではなく、
そこに綴られているすべての詩たちが、
まるでそれが当然のことのように、それぞれの情景を描き、
それはまるで、どこか夢の中の光にも似た、
"もうひとつの日常"とでも呼べばいいのでしょうか、
リアルなのに、だからといってすべてがリアルではない
不思議な世界の中にあるように感じました。
そして、それはぼくにとって、とても"写真的"な体験でもあったのです。
というわけで、今回はこの一冊を「この夏おすすめの一冊」とさせてもらいました。
東京は、それでも少しは和らいできたものの、まだまだ暑い日が続いています。
そんな日は、たまにはこんな詩集でも読みながら
"日常という夢の世界"を、ふらふら彷徨ってみてみてはいかがでしょうか。